長文語りブログ

気持ちが昂ったときだけ更新するブログです。

3月21日この日を私は確かめ生きる

藤原基央が結婚した時、地味にショックだったことは藤原基央のことを"人間"として認識しなければならなかったことで、ずっと神様だと思ってたかけがえのない唯一の崇高な存在が、結婚のために役所で書面の届出を行ったことが信じられず、そんな私が信じられなかったことをやった藤原基央がいることを無理やり納得させられなければいけなかったことだ。

それから時間が経ち、私はじんわりと藤原基央が人間味を浴びてきたのを実感し始めた。でも10年以上神様の姿をしていた存在が人間として話す言葉は、私の心を深く抉っては、傷の上から手を当てて温情の言葉をかけるように、ちぐはぐな優しさだった。神様の姿をした藤原基央に、私がどれだけ救われてきたかなど知らないまま、人間の藤原基央はファンの私に歌い、気遣い、手を振った。私はそれを一番残酷な優しさだと思った。今さら藤原基央意外の神様なんて見つかるわけがないのに神様でいてくれなくなった。藤原基央は元々人間だろうという質問があったとして、私は「彼は人間かもしれないが、神様が人の姿を借りて興味本位で人間の窮屈な生活を楽しんでみたような存在だった」と答えると思う。人間になってしまった彼と彼の音楽に振り落とされる訳にはいかないとBUMP OF CHICKENにしがみついて、感性の合わないツイートを全部遮断して、有料アプリの6,000円の年会費を正当化した。案外良いこともあった。私が思っていたより藤原基央はずっと人間の感覚を持っており、意外と自分勝手で、私の気持ちなど放って簡単に裏切るんだと割り切って考えられるようになった。依存から抜けて娯楽に昇華したような感じだった。

そして参加したライブ、16年前のリバイバルツアー『BUMP OF CHICKEN TOUR ホームシック衛星2024』では、私の座席とステージ上の藤原基央の延長線上、藤原基央の背後には大きなライトがあり、私の席からはライブ中ずっと藤原基央に後光が差していた。私が彫刻師ならきっとあの瞬間の藤原基央の菩薩像を彫っただろう。それ以外の芸術家だとしても、あの藤原基央の姿を作品に残したはずだ。途中、ライトの後光がまるで曇り空の隙間から太陽光が差す天使の梯子のように見えたもので、あんまりにも美しかったから途中からやはり彼は神様かもしれないと錯覚した。人間だけど私の神様で、命の支えで、短い人生の縋りだけど、勝手に書面上で結婚もして、チケットも当てさせてくれないくせに、それでも私は藤原基央に心臓を掴まれていないと生きた心地がしないのだ。藤原基央の作る歌を聴きたくて、藤原基央に会いたくて、ここまで生きた。彼と出会って18年目になった。そして一方の藤原基央は、私とライブ会場で待ち合わせをして会いに来る(※本人が本当にこう言った)。「大勢の中の1人ではない君に会いたかった」とステージ上から何度も何度も声をかけるので、いい加減「もう分かったから…!私に会いたいのはもう分かったから…!」と途中から半ばやけくそのような状態で彼からの重たい熱意を浴びていた。つまりは私と彼は相利共生の関係で、藤原基央にとっても私は神なのかもしれない?そうなると、私は彼に対してなんとも不誠実で、わがままで、文句ばっかり言ってるものだ。少なからず今までも、決して一方通行の信仰心だと思ったことはないが、彼の言う「会いたかった」は会場のキャパシティ分だけ等分されているような気がしていたのに、今回のライブで私自身も藤原基央の中のかけがえのない大切な人間だと認識したので、彼の「会いたかった」は等分ではなく倍増だと思った。「分かち合えるもんじゃないのなら二倍あればいい」という、2007年に彼が書いた歌詞の一文が腑に落ちた気がした。これを「愛してるよ」と受け取らねばファンが廃る。婚姻関係でもラブの関係でもないけど、私と藤原基央はお互いの生と幸を願う神同士ということで、神様を探し続けた私の悩みの旅は終わった。そういう関係で良いのだと思った。BUMP OF CHICKENのライブは八百万の神が集まる出雲大社のようだな。どうりで寿命が伸びる感覚があるはずだ。

藤原基央ガチ恋なのかと聞かれるとおそらくガチ恋に分類されるんだろうけど、なんとなく言葉に違和感がある。個人的に藤原基央への気持ちは恋でも嫉妬でも独占欲でもなく、私にとっての私だけの藤原基央の思い出があり、彼に憧れて一挙手一投足を追いかけた日々や、一緒に乗り越えた危機もあるので、彼は私の人生のバディのような存在であり、付き合いたいとか一緒にいたいとか俗に言うガチ恋に当てはまる感情は持ってなくて、でもそれを表せる上手い伝え方が無いので、=結婚と言っていた。今は、「藤原基央とは婚姻届よりも濃いもので繋がっています」と答えるようになった。とてもしっくりきている。

それにしても藤原基央はどんどん若返っているような気がする。16年前メーデーのMVの不健康さも、それはそれで好きだったんだけど、最近のライブやMVを見ていても40代前半とは思えない若々しさだ。そしてライブ中も序盤から中盤にかけて既に若返っているように見えた。終盤はフラフラだったけど、それでも30代と言われても疑問に思わない。一番若いのはギターのヒロくんだった。彼の永遠の新卒の新入社員みたいな出立ちはなぜなのか。やはり藤原基央から若返りの魔法か何かが出ており、身近で浴びていると老けないのかもしれない。とはいえ28周年を迎えたバンドメンバーも年季が入り、FLAME VAINの曲が上手すぎて聴き慣れたなんかおかしいリズムの原曲のほうが恋しくなったりした。

その日私は初めて生でアルエととっておきの唄を聴いた。とっておきの唄のことはずっと、藤原基央が私と結婚するときのプロポーズの曲だと思っていた。そのため、今回のライブで藤原基央に後光が差しまくるシチュエーションで、懐かしい歌と共に私に会いに来たとしつこいくらい語った後にこの歌をやるということは、これは私のための歌で、つまり私に会いたかったのはこの歌のためで、私のことが大切で藤原基央は私にビッグラブということでいいですよね。最適解を出してくるのはいつも藤原基央藤原基央が私に会いたすぎて困っている。愛してくれてありがとう。ハッピーハッピーハッピー

思い出まとめ

S席13,200円がやっと仕事した。アリーナ9列でBUMPのライブで一番近かったかもしれない。メンバーが人間の姿をしていた。広島は人生の聖地。人生のパワースポット。

BUMPは早よFC作れ。28周年のバンドなのにライブに来てるファンが私より若い子が多いのおかしいんよ。早よ往年のファンに寄り添え。若い子もBUMP聴くな、もっと若々しいバンドにしろ。バンドと共にファンも年取れ。みんな老けろ。もしかして藤原基央が若返ってるのは若いファンから生気を吸い取ってる?誰が老け顔や。

花の名の歌詞変えがすごすぎた。変わりすぎて原型がなかった。古川本舗のライブのアレンジが酷すぎて一緒に歌えないのとは違うレベルだった。歌詞が違うからそもそも歌えない。花の名は一緒に歌う曲じゃないけど。この広島公演の花の名を私は一生擦り続ける。

花の名

花の名

この日はやたら藤原基央の感情が爆発しており、才悩人応援歌の間奏後の「隣人は立派」から今まで見た中で一番爆発してた。末代まで擦り続ける。
才悩人応援歌

才悩人応援歌

アルエを今回のツアーでやる意味。わからん。高校生の私が成仏した。最高すぎる。聴けると思ってなかったのでイントロで判断できず「これは…まさかとは思うがアルエ…?」の時間が体感10分だった。綾波レイへの愛の歌を44歳になってステージ上で歌う気持ちはどうだ藤原基央。私はとても嬉しかったぞ。
アルエ

アルエ

飴玉の唄、いい、最高だ…これが聴きたかった。私の神様が神様に向けた歌を歌っている。orbital periodの中で飴玉の唄とarrowsは対になると思ってて、飴玉は生前で、arrowsは死後、または飴玉は別れでarrowsは出会いのように、同時に存在しない物で、その2曲をカルマで分かつアルバムの順番が本当に見事だと思ってる。だからツアーでやるなら飴玉とarrowsは別日だなとぼんやり思っていた。やっぱりそうだった。でもarrowsは幕張で聴いたからな(※音漏れ)。
飴玉の唄

飴玉の唄

voyger→flybyの繋ぎ新パートなに?えぐすぎる。まじで良すぎる。OpeningとEndingが後日プレゼントという曲になったから、 voygerとflybyもツアー最終日に新録で1曲の新曲発表とかあったら嬉しいな。だがだいたいBUMPの発表あったら嬉しいなは叶わん。
voyager

voyager

flyby

flyby

望遠のマーチ大好きなんよな。ポケモンのアカシアの歌詞がポケモンという語句を使わずにポケモンを表してるとよく話題になるけど、私は望遠のマーチが妖怪ウォッチのタイアップなのも大正解藤原基央だと思ってる。「秒針はそこを示して止まっている」「死んだような今日だって死なないで叫んでいる」「繰り返す今日だって今日だって叫んでいる」あたりが特に妖怪ウォッチ(時計)とジバニャン(成仏できない地縛霊)とケータくん(日常アニメの主人公)を描いてると思うし、「足音の隙間、何か落ちる音」はホラーだし、一方でシンプルにしんどい人間の反撃のような曲ともとれるので、聞き手によって解釈がある曲だと思ってる。あと間奏での藤原基央のエモ語りタイムが確定演出なのも激アツである。ラスサビで「絶望、希望」と絶望から歌が始まるのもいいよね。
望遠のマーチ

望遠のマーチ

とっておきの唄…いやとっておきの唄をやるかぁ…。そんなに私に聞かせたかったからぁ…そんなことされちゃ好きが更新するし、結婚記念日なんてなんぼあってもいいよね。改めていい唄だな…。犬飼わなきゃ。
とっておきの唄

とっておきの唄